ブレゲ:BREGUET
時計の進歩を200年早めた男
今から200年以上前、天才時計師としてヨーロッパ中にその名をとどろかせた人物がいる。超高級時計ブランド、ブレゲの生みの親のアブラアン・ルイ・ブレゲである。1747年、スイスのヌシャテルに生まれたブレゲは、15歳で時計製造技術を取得し、フランス・ベルサイユの時計師の下で修行したあと、1775年にパリに自分の店を開いた。そして自動巻き、永久カレンダー、トゥールビヨン(重力による誤差を補正する機構)、ミニッツリピーター(ハンマーで鐘を叩いて音を鳴らす機構)、ひげゼンマイなど、画期的な機構を次々に発明していった。
それらは現代の時計にも利用されている。すなわち現代の時計のほぼ全ての原理はブレゲの考案によるものである。そこで彼は「時計の進歩を200年早めた男」として形容されている。
ブレゲが作り出した時計は超高精度で芸術品とも言うべき美しさを持っていたためヨーロッパ中の王侯貴族たちの間で彼の時計は人気を博した。ナポレオン、ローマ法王、カルロス4世(スペイン)、アレクサンドル1世(ロシア)、ジョージ3世(イギリス)などはブレゲの時計の愛用者であった。またフランス王妃マリー・アントワネットがブレゲに時計を注文したことなど、知る人ぞ知る話である。
マリーアントワネットは1783年ブレゲに「史上最高の時計」を注文した、史上最高ともなるとさすがのブレゲも簡単には作り出せなかった。彼女は時計の完成を待っていたが1789年にフランス革命が起こり彼女は捕らえられて処刑されてしまう。ブレゲは注文主を失っても時計を作り続けたが、彼もまた完成させる事なく1823年に没した、そしてその後ブレゲの息子の時代に入り1827年、注文の依頼から44年後に「史上最高の時計」は完成された。この時計は持ち主を転々としその後エルサレムの美術館に収蔵されていたが、1983年に盗難にあいその後の行方はわかっていない。
さてブレゲが店を開いてから既に200年以上の時がたつが、そのブランドは今もなお高級時計会社として老舗にふさわしい優れた時計を作り続けている。