ニナリッチ:NINARICCI
親子の助け合いで成功したオートクチュールと香水ブランド
ニナリッチのブランドはオートクチュール(高級な仕立て服、オーダーメイド)をはじめ香水、バッグ、プレタポルテ(高級既製服)、眼鏡、宝飾アクセサリーなど、多くの分野に及んでいる。その中で日本では香水がとりわけ人気が高いようである。
「ニナリッチ」の創始者ニナ・リッチは1883年、イタリア北部のトリノで生まれた。12歳の時にパリに移住し裁縫を習い、18歳で第一級のお針子になった。それから30年後の1932年パリのアパートの一室に、息子のロベール・リッチとともにオートクチュールのメゾン(一般的に家、住居という意味だがファッション業界では店や会社を指す)を開いた。
ニナ・リッチの裁縫のセンスと、息子のロベールの経営センスで第2次世界大戦が始まる頃には彼女のメゾンはパリで最も人気のあるオートクチュールのメゾンになっていた。そして更にビジネスの多様化を図ろうと香水の分野にも乗り出していく。
1946年、大戦が終わった翌年のことであるがロベール・リッチは「クール・ジョア」(ときめく心)という香水を作り出し大きな反響を呼んだ。ジャスミンを基調にした香りの個性もさることながら、その瓶が傑作だったからでもある。それは「ときめく心」をそのまま形にしたハート型で、瓶の中央もハート型にくりぬかれていて向こう側が見えるようになっていた。瓶を手がけたのは名匠ルネ・ラリックの息子マルク・ラリック、之を始めとしてラリックはニナ・リッチの香水瓶を製作する事になる。2年後には「レールデュタラン」(時の流れ)を発表。この香水の瓶も波上のうねりのある瓶の蓋の上に2羽のはとが止まっているという変わった形をしていた。
この香水も人気を呼びたちまち世界の女性たちを魅了した。これによりニナリッチの香水の評価は不動のものとなった。その後も「カプリッチ」(移り気)、「ファルーシュ」(はにかみや)、「フルール・ド・フルール」など変わった瓶の香水を作り続けていて見ているだけでも楽しい。