ランバン:LANVIN

始まりは帽子店、子供服、婦人服を経て香水へ

ランバンはオートクチュール(この場合パリの高級衣装店協会への加盟店を指す)の中で、最も古いメゾン(店、会社)の1つである。1889年、ジャンヌ・ランバンがマルシェ・サントーレ街に帽子店を開いたのがランバンの歴史の始まりである。彼女は13歳からお針子として洋裁店で働き、帽子などを作っていた。独立して店を持った彼女は、自分の娘の洋服は自分で作って着せていたのだが、その洋服が評判となり仕立ての依頼が舞い込むようになった。そして子供服部門、婦人服部門と営業範囲を広げていった。

さらに幸運な事に彼女の娘がポリニャック伯爵と結婚し彼女は上流階級に仲間入りした。そして伯爵夫人となった娘の紹介によってジャンヌ・ランバンは上流階級の人々の衣装までを手がけるようになった。それによりさらにランバンは名を上げる事となった。

オートクチュールで成功を収めたランバンは、香水部門にも進出していく。1925年、ランバンは名香「マイシン」(我が罪)を発表、調香したのはまだ20代の若き調香師アンドレ・フレースであった。彼はほとんど無名の調香師であった。彼は香水を数種類完成させた時どれが一番良いかをランバンにテストしてもらおうとしたのだが。ランバンに「あなたは私の鼻よ」と言われたため自分で一番良い香りのすると思うものを選んだ。こうして「マイシン」が誕生したのである

その後も調香師アンドレ・フレースはジャンヌ・ランバンの期待に応え、以来「リュムール」(うわさ)、「プレテクスト」(いいわけ)、「スキャンダル」、「クレセント」などの代表作をつくり、同時に数ある香水の中でも知名度がトップクラスといえる「アルページュ」を作り出した。その名は音楽用語のアルペジオから取られた。アルペジオとは分散和音(和音を構成する各音を同時に鳴らさず順次に1音ずつ奏でるもの)の意味である。理解はできないがこの香水は音楽的な調和を香りに表現したものであった。バラとジャスミンの香を基調に、スズラン、カメリア、ブルーヒヤシンスなどを配した調和と気品を感じさせる香水である。そのオリジナルの香水瓶は黒くて球状であるところからブラック・ボールとも称されている。「アルページュ」はボトルと共に大変な人気を経て現在もその任期が続いている。

  

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